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22.11.2017 ハバロフスク州立郷土史博物館において、清の最後の皇帝に関わるロシア人通訳者を記念した展覧会開催。


ハバロフスク州立郷土史博物館において、今年11月23日から清の最後の皇帝愛新覚羅溥儀(ラストエンペラー)のロシア人通訳者ゲオルギー・ペルミャコフを記念して「ロシア人である外国人」をテーマにした展覧会が行われる予定です。展覧会開催中、家族の写真、様々な作品、ペルミャコフの娘が書いた日記なども見ることができます。溥儀皇帝がハバロフスク収容所で悲惨な日々を約5年間送っている間、彼にロシア人通訳者がかかわったのはゲオルギー・ペルミャコフでした。溥儀の死後、日記を公表しました。

(清の最後の皇帝愛新覚羅溥儀の生涯を映画化した『ラストエンペラー』は30年前の1987年に製作したもので、世界中で話題になりました。第60回アカデミー賞作品賞(The 60th Annual Academy Oscar Awards)、第45回ゴールデン・グローブ賞 ドラマ部門作品賞の受賞映画です。)

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ロシア生まれのペルミャコフは、1921年のロシア国内戦争の時、家族とともに中国のハルビンに移動しました。高級教育を受けて、東洋と西洋外国語を学びました。

1939年から1945年にかけてハルビンのソ連総領事館員の一人になって、通訳者・東洋外国語の教師として勤め、総領事館の通訳者部の部長になりました。

1945年からハバロフスクに住んでいました。1946年の極東国際軍事裁判(東京裁判)に参加し、第二次世界大戦後の1949年に旧日本軍に対するハバロフスク裁判にも通訳者として勤めていました。1945年から1950年までにハバロフスクにいた中国のラスト・エンペラープ・イの通訳者として勤めていました。

1951年から外国語を教えたり、国内戦争、極東についての書籍を書いたりしました。