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29.05.2018 ハバロフスクにおける過去の出来事。100年前、ロシアの大作曲家セルゲイ・プロコフィエフが極東ロシア経由で日本、アメリカへ亡命 。


ハバロフスクにおける過去の出来事。100年前、ロシアの大作曲家セルゲイ・プロコフィエフが極東ロシア経由で日本、アメリカへ亡命 。

 

丁度100年前の1918年5月にロシアの大作曲家・ピアニスト セルゲイ・プロコフィエフSergei Sergeevich Prokofiev( 1891~1953)が極東ロシアのハバロフスクとウラジオストックを立ち寄り、日本、ついでアメリカへ亡命しました。

1917年11月7日(旧暦10月)、レーニン率いるボリシェヴィキが武装蜂起し、労働者・兵士・農民ソビエト政権を樹立しました。1918年春ごろから、国内戦争が始まると同時に、イギリス、アメリカ、フランスを先頭とする帝国主義国がソビエト政権への干渉戦争を開始しました。内戦の中でインテリゲンツィア階級をはじめおよそ200万人がロシア国外に逃れ、日本にも数千人が身を寄せましたが、その一人は作曲家のプロコフィエフでした。彼がアメリカへの亡命を決意して、5月7日、シベリア横断鉄道でモスクワを出発しました。アメリカへ渡る経由地としてハバロフスク(5月22日~24日)、ウラジオストック(5月26~28日)に泊まりました。5月31日、敦賀港に上陸し、日本に入国しました。日本では演奏旅行を行いました。日本滞在中に、東京、横浜、京都、琵琶湖周辺、大阪、奈良、軽井沢、箱根などを訪れました。このプロコフィエフの日本滞在は、ヨーロッパの大作曲家の最初の日本訪問と言うことができます。1918~1932年、アメリカとパリで活躍しましたが、1933年、帰国しました。有名な作品は、歌劇『賭博師』、『三つのオレンジへの恋』、『戦争と平和』、バレエ『シンデレラ』、『ロメオとジュリエット』、『石の花』、 劇音楽『エジプトの夜』『ボリス・ゴドゥノフ』『エフゲニー・オネーギン』などです。


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