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20.06.2016 ハバロフスクにおける過去の出来事。97年前、ハバロフスクに初めて大日本帝国領事館が設置


97年前、1919年(大正8年)6月初旬、ハバロフスク(当時の別名:哈府)に初めて日本帝国の在外公館として在ハバロフスク日本領事館が設置されました。初代領事としてハバロフスクに任命されたのが杉野鋒太郎氏(すぎの・ほこたろう)です。杉野鋒太郎氏はハバロフスク赴任前に初めは1918年2月より在イルクーツク日本領事館の副領事に就任、ついで同年6月下旬より在ウラジオストク総領事館の副領事として駐在しました。日本の資料(海外商工人名録、大正10年)によると、日本軍のシベリア出兵当時には、ロシア領内に日本政府が領事館を設置したのは、モスクワの他、ウラジオストク(浦潮)、オムスク、イルクーツク、ペトロパウロフスク、ニコラエフスク(尼港)、ブラゴヴェシチェンスク(武市)、ハバロフスク(哈府)のロシア・シベリアの8主要都市です。

ハバロフスクに初代の日本領事館が置かれるやいなや、同月8日、当市で既に長年活躍していた哈府日本人居留民会(会長・佐藤源重、副会長・河野富一、学務委員野村健次、評議員竹内一次を始め10数人)および哈府小学校(職員数3名、児童数26名)が公認されました。在ハバロフスク総領事館の在留届によると、当時、ハバロフスクには677人の日本人居留民が住んでいました。(ロシアの資料によると1919年、ハバロフスク在留日本人の人口は約750人でした。)

ハバロフスクには日本国の領事館が存在した長い歴史があると言えるでしょう。大正・昭和・平成時代の流れと共に当市には日本国の在外公館(領事館または総領事館)が3度も設置されました。

日本軍のシベリア出兵当時には、10月20-21日にハバロフスク駐屯の日本派遣軍撤退に際して、日本人居留民の多くが帰国するとともに初代の日本領事館(在哈府帝国領事館)が閉鎖されました。杉野鋒太郎氏は在浦潮(ウラジオストク)総領事館ニコリスク(現ウスリースク)出張所の領事として一時駐在しました。

その後、1920年(大正9)終り頃から1925年(大正14年)にかけての4-5年間の期間中、ハバロフスクと日本との政治的関係が制限されることになりました。1925年(大正14年)1月20日、北京でソ日国交関係を回復させる基本条約が締結されました。同年8月27日、日本政府はハバロフスクに新たに在外公館(大日本帝国総領事館)を設置することを発表しました。当時、モスクワ(在ソ連邦日本国大使館)のほか、レニングラード(現サンクトペテルブルグ)、ウラジオストク、ハバロフスク、サハリンのアレクサンドロフスクの4総領事館、ブラゴヴェシチェンスク、ペトロパウロフスク(現ペトロパウロフスク・カムチャツキー)、ノボシビルスク、オデッサの4領事館およびオハ分館を合わせてソ連の10主要都市に在外公館が開設されました。1925年から1938年にかけて総領事または総領事代理を務めたのは、下記の通りです。

二瓶兵二総領事(1925.08.27-1925.12.08)、川角忠雄総領事代理(1925.12-1927.06) 、山口為太郎総領事(1927.06-1930.11) 、小柳雪生総領事代理(1931.01-1933.11) 、島田正靖総領事(1933.11-1937.05) 、島田滋総領事(1937.05-1938.08)の6人の外交官です。

1938年(昭和13年)7-8月、張鼓峰事件が勃発した際、1938(昭和13)年8月3日にソ連側の一方的宣言によって在ハバロフスク日本総領事館が正式閉鎖されました。

ソ日国交正常化後の昭和時代、すなわち1967年(昭和42年)7月9日、日本政府は極東ロシア・シベリア唯一の在外公館を設置しました。これは在ナホトカ日本国総領事館です。1993年、ナホトカ総領事館が閉鎖されウラジオストクへ移転されました。

平成時代において、1993年(平成5年)4月、ウラジオストクに総領事館開設についで、11月11日に在ハバロフスク日本国総領事館が開設されました。在ハバロフスク日本国総領事館開設後、90年代から現在まで総領事を務めたのは、下記の通りです。                        

川勝一成(1993-1996)、森敏光(1996-1999)、角崎利夫(1999-2001)、楠本祐一(2001-2004)、長内敬(2004-2007)、貝谷俊男(2007-2010)、高橋二雄(2010-2013)、野口秀明(2013-2015)、山本広行(2015- 現在)の9人です。 

 

 

出典:国立公文書館アジア歴史資料センター  www.jacar.go.jp/

国立国会図書館デジタルコレクション  www.dl.ndl.go.jp/