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01.07.2016 100年前の露日関係史の出来事


丁度100年前、露日関係史において注目すべき出来事が起きました。第一次世界大戦さなかの1916年(大正5年)7月3日にロシアと日本は第4次露日同盟条約(協約)に調印しました。両国間の条約締結は、 日本にとってもロシアにとっても最もな大事な出来事となりました。本条約の秘密条項ではモンゴルと満州・朝鮮をめぐる両国間の利益が認められました。第4次露日同盟条約が締結されるに当り、横浜、神戸、京都など日本の20以上の都市、朝鮮の京城、釜山、中国東北部の大連、奉天、ハルビンと並んで極東ロシア各大都市では祝賀行事や歓迎晩餐会が開催されました。

日露戦争後の時代において、両国は、ロシア人の極東進出と日本人の北方開拓の結果、隣国として基本的には敵対しながらも密接な関係を築いてきました。帝政ロシアは、具体的には日本との密接な経済・軍事協力関係を作り上げるために全力を尽くしています。その結果、当時の帝政ロシアと日本大帝国の間で4次にわたり条約が結ばれました。すなわち1907年(明治40年)7月30日に第1次条約、1910年(明治43年)7月4日に第2次条約、1912年(明治45年)7月8日に第3次条約、1916年(大正5年)7月3日に第4次条約が締結されました

露日同盟条約の締結により、ロシアと日本の間に経済協力・貿易が盛んに行われ、さらに第一世界大戦における日本のロシアに対する軍需援助は著しい活況を呈しています。これらの露日条約の締結により、シベリア鉄道経由でのロシア中央部・東亜アジア連絡、特に日満露連絡運輸が盛んに行なわれました。しかし、1917年にロシア革命が勃発した結果、ロマノフ朝のロシア帝国が完全に滅亡してしまい、これらの条約はソ連政府によって破棄され、日本は中国権益の危機を迎えることとなりました。

 

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