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31.10.2016 96年前の歴史的事実、哈府本願寺布教場の閉鎖について


1920年10月(今から96年前)、日本派遣軍撤退またハバロフスク在留民の引揚げに際して初代のハバロフスク(哈府)本願寺布教場が閉鎖になりました。

1886年/明治19年より、東部ロシアにおいて浄土真宗本願寺・西本願寺が布教活動を開始し、浦潮(ウラジオストク)本願寺布教所を設置し、ついで尼市(ニコリスク・ウスリースキー、現ウスリースク)、武市(現ブラゴヴェシチンスク)、哈府(現ハバロフスク)などシベリア各地に布教場を開きました。ハバロフスク市(哈府)本派本願寺布教場は、1897年(明治30年)に浦塩本願寺の分教場として創立したものです。哈府本願寺布教場の初代主任布教使になったのは大分県出身の安倍道溟です。1901年(明治34年)に同市中心部のバラバーシェフスカヤ街(今のザパーリン通り、家屋番号が不明)に一棟の木造家屋を新築し、大正9年10月最後に引揚に至るまで24ヶ年間存在し、日本人居留民のために布教活動を行いました。その発展に大きく貢献したのは三重県四日市市法泉寺出身の太田覚眠です。太田覚民がウラジオストク本願寺に開教使として赴任して以来、益々の尊崇を集め、本願寺派本願寺シベリア開教監督となりました。哈府本願寺布教場の最後の住職になったのは愛媛県出身の白石顕照(ハバロフスク在留期間:1920年(大正6年)12月-9年10月、2ヶ年11ヶ月、ハバロフスク引揚げ年月日:1920年(大正9年)10月25日)でした。大正9年4月から10月にかけて、哈府本願寺布教場の白石顕照はカルサコフスカヤ街65番地(今のヴォロチャエフスカヤ通り155番地/ムラビヨフ・アムールスキー通り42番地の外角)に石造1階建て建築を借り受け、布教活動に従事しました。しかし、1920年(大正9年)9-10月、シベリア事変による情勢が悪化したため、ハバロフスク在留民が引揚げになり、10月から本願寺布教場も閉鎖せざるをえなくなりました。

古い建築が残っていませんが、現在、ここには1928年(昭和3年)建造の国立銀行が建っています。

 

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