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22.05.2017 ハバロフスクにおける過去の出来事。126年前、ニコライ皇太子がハバロフスクを訪問


1891年5月(明治24年)、ニコライ皇太子(後年ロマノフ王朝第14代ロシア帝国最後の皇帝)は、シベリア鉄道の起工式に際してウラジオストクとハバロフスクを訪問し、ハバロフスクの教会広場で市民から盛大な歓迎を受けました。

今から126年の1891年(明治24年)5-6月、ロシア皇太子ニコライ(23歳)はシベリア横断鉄道の起工式に際してウラジオストクとハバロフスクを訪問しました。(後年にロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ2世になったニコライ皇太子は、大津事件で知られている人物です。1891年5月11日に日本を訪問中のロシア皇太子ニコライが大津市で巡査津田三蔵により襲撃されました。)1890年(明治23年)10月、ニコライ皇太子は随行者8人と共にサンクトペテルブルグを出発し、1891年8月にかけてオーストリア、ギリシャ、エジプト、英領インド、タイ、フランス領インドシナ、中国、日本などヨーロッパ・アジアの12ヶ国とシベリア・中央ロシア各地をまわる9ヶ月以上の世界旅行を実施しました。1891年5月下旬、ウラジオストクで挙行されたシベリア横断鉄道の起工式に出席したニコライ皇太子が汽船「ベストニック号」に乗りアムール川の支流ウスリー川を下りハバロフスクへ向かい、シベリア横断旅行を始めました。同年6月10日(ロシア旧暦5月29日)、ハバロフスクに到着し、大聖堂広場で市民から盛大な歓迎を受けました。この日に彼はウスペンスキー教会を訪ねて特別なミサに列席した後、軍事パレードを参観しました。夜は初代プリアムール総督コルフが皇太子のために歓迎レセプションを催しました。翌日、ムラブヨフ・アムールスキー伯の銅像の除幕式に臨席し、午後はハバロフスク近郊のビャツコエ村も訪ねました。(ハバロフスクから北約70キロ程離れた森の中にあるビャツコエ村というところは後年、北朝鮮の金正日の出生地となりました。)その後、2日間のハバロフスク滞在を終えて、汽船「ムラブヨフ・アムールスキー伯爵号」に乗り、コルフ総督に付き添われてアムール川を遡り、ブラゴヴェシチェンスクへ立ち寄りました。ついでスレテンスク、ネルチェンスク、チタ、ヴェルフネウジンスク、イルクーツク、クラスノヤルスク、トムスク、トボリスク、オムスク・オレンブルグ、サマーラ、モスクワなどシベリア・中央ロシア各都市を歴訪した後、8月16日(旧暦4日)、サンクトペテルブルクに辿り着きました。

 

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